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zoom RSS 「死」についての雑感...というか共感(?)

<<   作成日時 : 2005/03/24 01:42   >>

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養老孟司著「死の壁」を読んで。

著者も著書の中で指摘しているが、今を生きている人々は(自分を含めて)、生きていることをあまりにも当たり前に、当然のことと考えている。

著書の中で出てくる例として、棺桶を横のままで(寝かせたままで)入れることができない。マンションのエレベータ。
死ぬことを前提としていないエレベータ。

テレビやラジヲをつけても、
「それではまた来週〜」
「それではまた明日!」
が、反乱...いやいや氾濫している。
自分達(もしくはテレビなどに出ている人)は明日もしくは来週も生きているのか?
生き続けていることが前提となっている。

別に生き続けることを否定的に捉えようなどという、厭世的な(あれ?使い方違う?)考え方は毛頭なく、むしろ、人生80年といわず、生きていたい。
(誰かが言ってた、「人生、生きているだけで丸儲け」と、って関係ない)
しかし、日常で生活していて、「死」というものを意識しなさ過ぎている。
死ぬことは自然なことにも関わらず。
誰でも必ず死ぬにも関わらず。

むしろ、現代の生活では、自分達の死ぬ確率は高まっているのでは?
衛生面は例外としても、電車や車、そして飛行機...交通手段だけとっても、それらを使用しないで生活するよりは、明らかに死ぬリスクは高まっているはず。

それでも、「死」というものを何か特別視している。
特別視し過ぎている。

...だから「死」が恐いのか?だから恐怖を抱くのか?

もし、「死」というものをもと身近なものととらえることができたら。
明日でも、いや数時間後でも「死」は訪れるかも知れないと考えることができたら。

今の「生」はもっと充実したものにならないか?
「死」に恐怖を抱くこともなくなるのではないか?

...と頭で分かってはいても、やっぱり恐いものは恐いですよ、養老さん。

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